Detailed Explanation (may be) of Gods of CTHULHU MYTHOS
ヒュプノス, ヒプノス (Hypnos)
約BC7世紀 言及作品:ヘシオドス「神統記」(ギリシャ語)
約BC2世紀 登場作品:ホメーロス「イーリアス」(ギリシャ語)
0007(?)年 登場作品:オウィディウス「転身物語」(ラテン語)
1923年 関連作品:H・P・ラヴクラフト「ヒュプノス/眠りの神」
1957年 言及作品:ラヴクラフト&ダーレス「アルハザードのランプ」
1995年 言及作品:ペネロープ・ラヴ「Unseen」
別名:ソムヌス(Somnus)
この存在は古きものの一員と考えられますが、或いは古きものとは異なる独立した存在であるのかも知れません。又、大地の神であるとする説もあり、一方、テーブルトークRPGでは、何故か古き神の一員とされています。極論するならば、四つのグループのどれにでも属する可能性がある事になります。
この神はギリシャ神話で語られる睡眠神と同一の存在で、その名はギリシャ語で「睡眠」と云う意味です。ギリシャ神話がローマに輸入された際、ラテン語で「睡眠」を表すソムヌスと云う名で呼ばれました。ヒュプノスは「睡眠」の擬人化なので、あくまで文学上の存在であり実際に神として崇拝される事は無かったと想われますが、ペネロープ・ラヴ(Penelope Love)の「Unseen」では、イギリスのケイムサイド(Camside)で、古代、ビャティス(Byatis)と共に崇拝されていた事になっています。
現存する文学上で最も古くヒュプノスの名が見られるのはヘシオドス(Hesiod)の「神統記」(Theogonia)です。この作品は、今日のギリシャ神話観の基本となる様な作品で、世界の始まりにカオス(Khaos)(虚空?虚無?)があったとするもので、このカオスがローマに輸入された際、ラテン語のカオス(Chaos)(混沌)と混同され、ギリシャ神話では最初に混沌があったとされる・・・と云った誤解の元になっています。(なお、カオスを起源とするのは、ヘシオドスのオリジナルです)ここでヒュプノスは「死」を意味するタナトスの兄弟で「夜」を意味するニュクスの子供である事が語られています。この家系がヘシオドスの創案なのか、それ以前からあったものなのかは判りません。 ホメーロス(Homeros)の「イーリアス」(Illias)においてもヒュプノスはタナトスの兄弟とされていますが、ヒュプノスの記述に関して「神統記」と「イーリアス」と、どちらが先なのかもよく判りません。「イーリアス」の原型はBC8世紀頃に出来たらしいのですが、最終的に今日の形に纏まったのは「神統記」より後のBC2世紀頃なので、神々の場面などはその間に挿入されて行ったものかも知れないからです。いや、「イーリアス」に登場するアプロディーテー(Aphrodite)の設定は「神統記」よりも前のものだと云われるかも知れません。確かにアプロディーテーについては「イーリアス」の方ではゼウス(Zeus)とディオーネー(Dione)の娘となっていてギリシャ神話の古い形を残して(ディオーネーは元はゼウスの妻だったらしいのですが、時代と共に廃れて行き「神統記」では殆ど記述もありません)おり、ウラヌス(Uranus)の性器を海に投げ込んだ時の泡(アフロス)から生まれたとするヘシオドスのオヤジな駄洒落設定とは異なっていますが、アプロディーテーについては人気のある女神で出自についても既に広く人々に浸透しており、「神統記」ではなく、広く流布していた説を採用したものとも考えられるのです。現に1世紀前後にアポロドーロスが記した「ギリシャ神話」では「神統記」も取り入れているにもかかわらず、アプロディーテーはゼウスとディオーネーの娘となっています。 何より、「神統記」には文学としてのみならず哲学として注目される一助にもなっている抽象概念の擬人化神が多数登場しているのです。例えば、「悪魔の花嫁」と云う漫画がありますが、ここに登場するデイモス(Deimos)もギリシャ語の「恐怖」の擬人化です。これらの神々の多くが、或いは全てが、ヘシオドスの脳内で生み出されたものです。「睡眠」と「死」が近しいものであって、共に「夜」に結びついていると云う思想も、ヘシオドスと云う少々偏屈なおじさんの思想の産物だった可能性があるのです。 余談ですが、ヘシオドスの偏屈ぶりは、パンドラ(Pandora)の逸話で壺(入れ物として箱が一般的なものとなった後世では箱とされる様になり、パラノーマルロマンスの「オリンポスの咎人」シリーズでも、災いが入っていたのは箱とされています)の中に居た災いのうち最悪なものが、人間に虚しい努力を繰り返させて苦しませる「希望」である・・・とする辺りによく現れています。
「イーリアス」ではヒュプノスはオリュンポス(Olympos)ではなくレームノス(Lemnos)に居る事になっています。礼儀正しく、ゼウスの妻のヘーレー(ヘ-ラ-(Hera))ですらそれなりに敬意を払う程の神として描かれています。
しかしオウィディウス(Pablius Ovidius Naso)の「転身物語」(Metamorphosen)では一転して「怠け者」と呼ばれ、キムメリイ(キンメリア(Cimmeria))人の国の近くにある山腹に入り口を持つ巨大な洞窟を館とし、いつでも黒い寝台でモルペウス(Morpheus)等の子供達(さまざまな夢)に囲まれて眠りこけており、起こしてもすぐに居眠りを始めてしまうユーモラスな姿で描かれています。(「転身物語」ではラテン語で「睡眠」と云う意味の単語であるソムヌスと呼ばれています)
この神のクトゥルー神話への導入は、振り返って見ると、ラヴクラフトが同人誌The National Amateurの1923年5月号に発表した「ヒュプノス/眠りの神」(Hypnos)が契機となります。この作品では夢の中で禁断の領域の探索をしようとする人間の精神に恐怖を味あわせ狂わせる存在が描かれ、その実体は現れずに終わります。しかし何故か主人公はその存在をヒュプノスであるとしています。ヒュプノスは、ここで「嘲笑う神、貪欲無比な眠りの神ヒュプノス(片岡しのぶ訳)/眠りの神である飽くことを知らぬ嘲笑するヒュプノス(大瀧啓裕訳)」と呼ばれています。 合理的に考えるならば、麻薬のやり過ぎで若い頃の自分の姿をかつての自分の友人であったと想い込んだ狂人の物語なのですが、解釈如何に依っては本当に友人が居たのに居なかった事にされてしまった・・・とも受け取れます。ラヴクラフトが、まだクトゥルー(Cthulhu)等の名前を連呼するコズミックホラーに着手する以前の作品で、クトゥルー等と違い、この名が後々使われる事はありませんでした。しかしフランシス・T・レイニー(Francis T Laney)は何故かこの神を大地の神と考え、リン・カーター(Lin Carter)もそれを踏襲した神名辞典を作成しました。
ラヴクラフトの死後、ダーレスはラヴクラフトの遺したメモを元に作品を書き、合作として発表して行きました。そしてThe Magazine of Fantasy and Science Fictionの1957年10月号に発表された「アルハザードのランプ」(The Lamp of Alhazred)の中で「千匹の仔を孕みし森の黒山羊シュブ=ニグラス、眠りの神ヒュプノス、旧支配者とその使者ナイアーラトテップ」(東谷真知子訳)と、その名を古きもの達の一柱として挙げています。この作品で、ヒュプノスは正式にクトゥルー神話に取り込まれたと云って良いでしょう。
ところがテーブルトークRPGでは、何故かDreamlandsと現世の境を領土とする古き神の一員とされているのです。そしてギリシャ時代からこちら崇拝は無く、Dreamlandsにおいて人外の者共に崇拝されているだけであるとされています。
この神はあまり人気が無いのか、殆ど取り上げられる事が無くアンソロジーが編まれる程の作品数も無いのですが、古代ギリシャ時代から文芸等で知られて来たクトゥルー神話中、稀有な神格の一柱です。もし、ロバート・M・プライスがHypnos Cycleを編むとすれば、「神統記」を冒頭に収録し、「イーリアス」と「転身物語」から該当する一節を抜き出して収録する事でしょう。
Detailed Explanation (may be) of Gods of CTHULHU MYTHOS